釣り場は“限りある共有財産”|釣り場が死ぬ理由と、今あらためて考えたいこと

釣り場は無限にあるものではなく、他の釣り人と共有しながら釣りを楽しむ「限りある場所」だ。

この一文は、きれいごとでも理想論でもありません。

現実に、全国で釣り場が減り続けているという事実を、私たちはもう無視できないところまで来ています。

 

いきなりこんな話から入った理由はひとつ。

2015年に書かれた「釣り場が死ぬ」という記事を、久しぶりに読み返したからです。

読めば読むほど、今の状況と重なりすぎていて、 「これはもう一度、ちゃんと発信しなければいけない」と強く感じました。

 

正直に言えば、私自身も気をつけているつもりです。

それでも、誰もが“やってしまう側”になり得る

だからこそ、この話は「一部の人の問題」ではなく、 釣りをするすべての人に関係がある話として、改めて共有したいと思います。

 

以下は、「釣り場が死ぬ」からの引用です。

※この引用部分は、一切手を加えていません。

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人に釣り場を教える、ということはその人の借金の連帯保証人になるくらいの覚悟が必要

例えば、Aさんが友人のBさんに凄く釣れるいい場所を教えるとします。

教えた以上、その場所はもう既にAさんだけの場所ではなくなります。

Bさんは常識人なので、こんないい場所は大切にしなきゃ!と、誰にも教えませんが、最近Bさんがよく釣れているのを訝しむ人がいます。

AさんとBさんの共通の知り合いであるCさんです。

Cさんに「頼むっ!教えてくれっ!」と懇願されたBさんは、Aさんと共通の知り合いだし、教えてもいっかと情報を漏らします。

するとその釣り場はもうAさんとBさんだけものではなく、AさんとBさんCさんのものになっています。

Cさんは釣歴が浅いので大切な釣り場が何たるか、その貴重さを実はよくわかっていません。

Cさんは教えてもらった場所で釣果が上がりはじめると、どこで釣ったのか気前よく誰にでも教えてあげます。

しばらくの後・・・・久しぶりに釣り場にいったAさんは目を疑います・・・・ゴミだらけの駐車スペース、挨拶もなしに真横で竿だす無法者たち、そして叩かれまくってスレて一向に釣れる気配のない死んだ海・・・・

数カ月後、ホトボリが冷めたかなと思って再訪したAさんの目に映ったのは、いままでなかった「駐車禁止」「釣り禁止」の看板とスペースを閉鎖するチェーン、脇にその理由が書かれている告知文でした・・・

引用(釣り場が死ぬ)

 

登場人物はAさん・Bさん・Cさんの三人ですが、 実際にはこの影響を受けるのは、その釣り場に通っていた“全員”です。

静かに釣りを楽しんでいた人。

何年も通っていた人。

ゴミを持ち帰り、挨拶を欠かさなかった人。

そのすべてが、一緒に巻き添えになります。

 

今は、情報が一瞬で拡散される時代です。

SNS、ブログ、動画、DM、グループチャット。

「ちょっと教えただけ」
その一言が、取り返しのつかない結果につながることも珍しくありません。

 

釣り場は無限にあるものではなく、他の釣り人と共有しながら釣りを楽しむ限りある場所!

 

誤解してほしくないのは、 「発信=悪」ではないということです。

問題なのは、発信そのものではなく、

・釣り場の背景を知らない
・責任を考えない
・マナーを軽視する

こうした一部の行動が、結果的にすべてを壊してしまう点です。

 

「釣り場が死ぬ」という言葉は、決して大げさではありません。

実際に、死んだ釣り場は戻らない。

看板が立ったら終わり。

チェーンが張られたら、もう二度と竿は出せない。

 

だからこそ、

今、釣りを楽しめている人ほど、立ち止まって考える必要がある

と、私は思います。

 

釣りは、自然と向き合う遊びです。

同時に、人と共存しなければ成り立たない趣味でもあります。

 

この先も、釣りを楽しみ続けたいなら。

次の世代に、竿を出せる場所を残したいなら。

「自分の発信は、その釣り場に何をもたらすのか」

一度だけでいいので、考えてみてください。

 

釣りの未来が、少しでも明るいものでありますように。

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